新収益認識基準が建設業に与える影響と実務対応
2021年4月から適応が開始された新収益認識基準により、建設業では工事進行基準から原価回収基準への変更や、複数の履行義務が含まれる契約の収益配分など、様々な実務上の対応が求められています。自社の取引実態を正しく把握し、適切な処理を行うことが喫緊の課題となっています。
この記事では、新収益認識基準が建設業に与える影響と、それに伴う実務上の留意点を詳しく解説します。
新収益認識基準とは何か?
収益認識基準とは、売上高を計上するタイミングと金額を決定するための基準のことを指します。この基準は、企業が顧客との契約において、いつ、どのような金額で収益を認識するかを定めています。
新収益認識基準の主な目的は、企業間での会計処理の不統一を解消し、財務諸表の比較可能性を高めることです。加えて、国際的な会計基準との整合性を図ることで、グローバルな企業間での比較可能性も向上させることを目指しています。
導入の背景と経緯
新収益認識基準は、2021年4月以降に開始する事業年度から上場企業などに対して強制適用されました。この基準の導入は、国際会計基準審議会(IASB)と米国財務会計基準審議会(FASB)との共同開発を受けて行われたものです。
導入の背景には、従来の収益認識基準では企業ごとに異なる方法が採用されており、財務諸表の比較可能性が低いという課題がありました。新基準の導入により、この課題の解決が期待されています。
国際会計基準との整合性
新収益認識基準は、国際会計基準(IFRS)と米国会計基準(US GAAP)との間で、収益認識に関する基準の統一を図ったものです。これにより、日本の会計基準も国際的な基準と整合性が取れたものになりました。
国際的な会計基準との整合性が確保されたことで、日本企業の財務諸表が海外でも理解しやすくなり、グローバルな投資家からの信頼性が高まることが期待されます。また、海外展開を行う日本企業にとっても、会計処理の効率化につながる可能性があります。
従来の基準との違い
従来の収益認識基準では、収益認識の時期について、出荷基準、引渡基準、検収基準の3つから企業が任意に選択できました。しかし、新基準では、原則として履行義務の充足時点で収益を認識することが求められます。
また、従来は値引きや割戻しなどを売上高から控除していましたが、新基準では取引価格に含めて考慮します。このように、新基準では収益認識の考え方が大きく変わっており、建設業でも契約内容の見直しや会計処理の変更が必要になってきます。
建設業では、工事進行基準から原価回収基準への変更や、追加工事の収益認識時期の変更など、実務上の影響が大きいと考えられます。各社においては、自社の取引実態に合わせた対応が求められるでしょう。
新収益認識基準の5ステップ
新収益認識基準は、収益認識のプロセスを5つのステップに分けて規定しています。ここでは、その5つのステップについて順を追って解説していきます。
ステップ1:契約の識別
新収益認識基準の適用にあたり、まず行うのが契約の識別です。ここでいう契約とは、顧客との間で法的強制力のある権利義務が生じるものを指します。書面による明示的な契約だけでなく、口頭での合意や取引慣行から生じる黙示的な契約も含まれます。
建設業では、工事請負契約が主な対象になります。契約書の内容を十分に確認し、契約の対象となる工事の範囲や期間、対価の支払条件などを明確にしておく必要があります。また、変更契約や追加工事の取り扱いについても、予め取り決めておくことが望ましいでしょう。
契約の識別では、契約の結合や分割も検討します。複数の契約を一つの契約として扱うべきか、逆に一つの契約を複数の契約に分割すべきかを判断するのです。建設工事では、複数の工事を一括で受注することも少なくありません。そうしたケースでは、個々の工事の内容や関連性を考慮して、適切な契約単位を決定する必要があります。
ステップ2:履行義務の識別
ステップ2では、契約の中から履行義務を識別します。履行義務とは、顧客に対して商品やサービスを提供する約束のことです。建設工事では、設計、施工、監理など、契約の中に複数の履行義務が含まれていることが少なくありません。
履行義務の識別にあたっては、まず契約の内容を詳細に分析します。そして、約束した財やサービスを切り分け、それぞれを独立した履行義務として扱うかどうかを判断します。その際の判断基準は、財やサービスを個別に販売することができるかどうか、および顧客にとって独立した価値があるかどうかです。
例えば、建物の建築工事と内装工事を一括で請け負う場合、両者を別々の履行義務として識別することもできます。ただし、両工事が不可分のものとして契約されている場合は、単一の履行義務とみなすのが適切でしょう。こうした履行義務の識別は、取引価格の配分や収益認識の時期に影響を与えるため、慎重に行う必要があります。
ステップ3:取引価格の算定
ステップ3は、取引価格の算定です。取引価格とは、約束した財やサービスの提供と交換に企業が権利を得ると見込んでいる対価の額のことを指します。建設工事の場合、契約書に記載された請負金額が基本的な取引価格になります。
ただし、取引価格の算定にあたっては、変動対価や金融要素、現金以外の対価などについても考慮する必要があります。例えば、工事の進捗に応じて請負金額が変動する場合や、長期の工事で対価の受取が遅れる場合などです。
変動対価がある場合は、その金額を見積もり、取引価格に反映させます。ただし、その見積もりには不確実性が伴うため、将来の状況変化によって累積収益額に重大な差異が生じないよう、慎重に行う必要があります。また、対価の受取が1年以上遅れる場合は、貨幣の時間価値を反映させるため、割引計算を行います。
取引価格の算定では、値引きや割戻しについても考慮します。建設業では、工事完成後に一定の割戻しを行うことが少なくありません。そうした場合は、割戻し額を見積もり、取引価格から控除する必要があります。
ステップ4:取引価格の配分
ステップ4では、算定した取引価格を各履行義務に配分します。配分の基礎となるのは、各履行義務の独立販売価格です。独立販売価格とは、財やサービスを単独で販売する場合の価格のことを指します。
建設工事では、設計と施工を別々の履行義務として識別した場合、それぞれの独立販売価格を見積もる必要があります。そして、取引価格を独立販売価格の比率に基づいて配分します。例えば、設計の独立販売価格が1,000万円、施工の独立販売価格が9,000万円、取引価格が8,000万円だとすると、設計には800万円、施工には7,200万円が配分されることになります。
独立販売価格の見積もりには、調整後市場評価法、期待原価プラス・マージン法、残余アプローチの3つの方法があります。建設業では、類似の取引事例などを参考にした調整後市場評価法が適している場合が多いでしょう。ただし、状況に応じて他の方法を用いることも検討する必要があります。
ステップ5:収益の認識
最後のステップ5では、履行義務の充足に応じて収益を認識します。履行義務の充足とは、約束した財やサービスを顧客に提供することを指します。履行義務の充足には、一時点で充足されるケースと、一定期間にわたって充足されるケースがあります。
建設工事の場合、工事の進捗に応じて履行義務が充足されていくため、一定期間にわたる充足に該当します。したがって、工事の進捗度に応じて収益を認識していくことになります。進捗度の測定には、アウトプット法とインプット法の2つの方法がありますが、多くの場合、発生したコストの割合で進捗度を測定するインプット法が用いられます。
ただし、工事の初期段階で発生する設計費用などは、履行義務の充足に寄与しない場合があります。そうしたコストについては、進捗度の測定から除外し、発生時に費用処理することになります。また、工事完成後の瑕疵補修など、追加的な履行義務が識別された場合は、その充足に応じて別途収益を認識する必要があります。
新基準の適用対象と影響
ここでは、新収益認識基準の適用対象となる企業や業種、主な影響を受ける取引などについて解説します。また、適用が任意となる企業や、適用外となる取引についても触れていきます。
強制適用対象となる企業
新収益認識基準の適用は、2021年4月以降に開始する事業年度から上場企業などに対して義務付けられています。具体的には、上場企業とその子会社・関連会社、上場準備会社、一定規模以上の大会社、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社などが強制適用の対象となります。
したがって、これらの企業においては、自社の取引実態に合わせた収益認識のルール作りと、それに対応する社内体制の整備が急務となっています。特に、建設業では工事契約の見直しや収益認識プロセスの変更など、様々な実務対応が求められるでしょう。
任意適用が可能な企業
一方、上場予定のない中小企業や、監査対象外の企業については、新基準の適用は任意とされています。これらの企業では、従来の会計原則を引き続き採用することも可能です。
ただし、取引先との関係や業界動向などを考慮すると、中小企業であっても新基準への対応を検討する必要があるかもしれません。自社の状況を見極めつつ、適切な判断を下すことが求められます。
影響を受ける主な取引と業種
新収益認識基準の導入により、特に大きな影響を受けると考えられるのが、長期にわたるサービス提供を伴う取引です。建設業における工事請負や、IT業界でのシステム開発・保守サービス、コンサルティング業務などがこれに該当します。
また、商品の販売とサービスの提供を組み合わせた複合的な取引も影響を受けやすいと言えます。こうした取引では、販売とサービスという複数の履行義務を識別し、それぞれの収益認識時期を適切に判定する必要があります。
このほか、代理人取引や値引き・リベートを伴う取引、ポイント付与など、様々なケースで収益認識のタイミングや金額が変わる可能性があります。取引の実態を正しく把握し、新基準に沿った処理を行うことが重要です。
適用外となる取引
一方で、新収益認識基準の適用外となる取引もあります。具体的には、金融商品取引やリース取引、保険取引などが挙げられます。また、同業他社との交換取引や、金融商品に関連する手数料収益なども、原則として新基準の対象外となっています。
ただし、こうした取引であっても、それ以外の要素が含まれている場合は、新基準の適用が必要になることもあります。取引の実態に即した適切な判断が求められるでしょう。
建設業における実務上の留意点
新収益認識基準の導入により、建設業でも様々な実務上の変更が求められています。ここでは、建設業における主要な留意点を4つの観点から解説します。
工事進行基準から原価回収基準への変更
新収益認識基準では、一定の要件を満たす工事契約について、従来の工事進行基準に代えて原価回収基準の適用が求められます。この変更は、工事の進捗度に応じて収益を認識する方法から、発生したコストの回収が見込まれる部分についてのみ収益を認識する方法への移行を意味します。
原価回収基準の適用にあたっては、工事原価の適切な把握と管理が重要になります。個々の工事ごとに原価の発生状況を正確に捉え、回収可能性を慎重に見極める必要があるでしょう。また、工事の採算管理においても、従来とは異なる視点からのアプローチが求められます。
工事進行基準から原価回収基準への変更は、建設会社の収益認識パターンに大きな影響を及ぼします。特に、工事の初期段階では収益が計上されにくくなるため、売上高や利益の期間帰属にずれが生じる可能性があります。こうした変化を踏まえ、適切な経営判断を行うことが求められるでしょう。
複数の履行義務がある契約の収益配分
建設工事の契約には、設計、施工、資材の調達など、複数の履行義務が含まれていることがあります。新収益認識基準では、こうした複数の履行義務を識別し、それぞれに取引価格を配分することが求められます。
契約に含まれる履行義務を適切に識別するためには、契約内容の丁寧な分析が欠かせません。個々の約束事項が独立した履行義務に該当するかどうかを慎重に判断する必要があります。また、取引価格の配分にあたっては、各履行義務の独立販売価格を合理的に見積もる必要があります。類似取引の事例などを参考にしつつ、適切な配分を行うことが求められるでしょう。
複数の履行義務を識別し、収益を配分することで、従来とは異なる収益認識のタイミングが生じる可能性があります。例えば、工事の完成引渡し以前に資材販売の収益を計上するケースなどです。こうした変化が経営指標に与える影響を十分に考慮し、必要な対応を検討することが重要です。
工事契約に含まれる資材販売の会計処理
建設工事の契約には、施工に必要な資材の販売が含まれていることがよくあります。新収益認識基準では、こうした資材販売を工事とは区分し、別個の履行義務として識別することが求められます。
資材販売を独立した履行義務として扱うためには、資材が工事とは別に顧客に提供され、独立した価値を持つものでなければなりません。こうした要件の充足を慎重に判断する必要があります。そして、取引価格を資材販売部分と工事部分に合理的に配分し、資材の支配が顧客に移転した時点で収益を認識することになります。
資材販売の収益を工事とは別に認識することで、工事の進捗度合いとは異なる収益認識のタイミングが生じます。この点は、工事の採算管理や予算管理に一定の影響を与えるでしょう。取引実態を正しく反映した会計処理を行うとともに、そこから得られる情報を適切に経営に活用していくことが求められます。
追加工事や設計変更時の収益認識
建設工事では、当初の契約内容から追加工事や設計変更が生じることが少なくありません。新収益認識基準では、こうした契約変更を独立した契約として扱うのか、既存の契約の一部として扱うのかを適切に判断する必要があります。
追加工事や設計変更が既存の契約とは別個の履行義務を生み出すものであれば、独立した契約として扱い、変更部分の収益を別途認識することになります。一方、既存の履行義務の範囲内での変更であれば、契約変更日以降の収益認識に反映させることになるでしょう。
いずれにしても、契約変更の内容を丁寧に分析し、適切な会計処理を行うことが求められます。変更部分の収益認識時期や金額が、工事全体の採算性に大きな影響を与える可能性があることを十分に認識しておく必要があります。また、契約変更に際しては、顧客との間で変更内容を明確に合意しておくことも重要なポイントと言えるでしょう。
新基準導入に向けた準備
ここでは、建設業者が新基準導入に向けて取り組むべき主要な準備事項について解説します。
社内の推進体制の構築
新基準への対応は、経理部門だけでなく、営業や工事など、様々な部門の協力が必要になります。まずは社内の推進体制を整え、全社的な取り組みとして位置付けることが重要です。
具体的には、経理部門を中心としつつ、関連部門の代表者から成るプロジェクトチームを立ち上げることが考えられます。トップのリーダーシップの下、明確な目標と実行計画を定め、定期的に進捗を確認しながら、着実に準備を進めていくことが求められます。また、必要に応じて外部の専門家の助言を仰ぐことも有効でしょう。
推進体制の構築に際しては、部門間の連携を円滑にするための仕組み作りも重要なポイントです。例えば、営業部門と経理部門が密接に情報交換できる体制を整えることで、契約内容の把握や収益認識のタイミングの判断がスムーズになります。各部門の役割を明確にし、情報共有の方法を定めておくことが大切です。
会計・業務システムの見直し
新基準の適用にあたっては、会計処理の変更に対応したシステム環境の整備が欠かせません。従来の会計システムでは対応しきれない可能性があるため、早めに現状を分析し、必要な対策を講じておく必要があります。
具体的には、契約管理システムや原価管理システムとの連携、複数の履行義務への対応、進捗度の測定方法など、新基準に即した機能の実装が求められます。外部のERPパッケージの導入も選択肢の一つですが、自社の業務に合わせたカスタマイズが必要になるでしょう。
また、会計システムの変更に伴い、業務プロセスも見直す必要があります。例えば、見積りや契約書のフォーマット変更、工事の進捗管理方法の変更など、様々な影響が想定されます。関連部門と連携しながら、業務フローを整理し、必要な変更を洗い出していくことが重要です。
契約内容の精査と必要な修正
新基準では、個々の契約内容に基づいて収益認識の判断を行うため、既存の契約書の精査が欠かせません。特に、複数の履行義務が含まれる契約や、長期の契約については、注意深く内容を確認する必要があります。
まずは、契約書に明記された約束事項を洗い出し、それぞれが独立した履行義務に該当するかを検討します。必要に応じて、契約書の文言を修正し、履行義務の内容や取引価格の配分方法などを明確にしておくことが望ましいでしょう。また、変更契約や追加工事の取り扱いについても、予め取り決めておくことが重要です。
契約内容の精査は、営業部門と経理部門が連携して進めることが効果的です。営業担当者は顧客との交渉経緯を把握しており、経理担当者は会計上の論点に詳しいです。両者の知見を結集することで、実態に即した適切な判断が可能になります。顧客との調整が必要な場合は、早めに着手することが重要です。
経理担当者の教育と連携強化
新基準の適用には、経理担当者の十分な理解が不可欠です。特に、建設業特有の取引や慣行について、基準の考え方に照らして適切に処理できる力が求められます。
経理担当者の教育にあたっては、基準の概要だけでなく、自社の取引実態に即した具体的な適用方法まで踏み込んで学ぶ必要があります。社内研修の実施や、外部セミナーへの参加促進など、計画的な取り組みが欠かせません。また、日々の実務の中で生じる疑問や判断に迷う事例については、速やかに対応できる体制を整えておくことも重要です。
加えて、経理部門と他部門との連携強化も欠かせません。例えば、工事の進捗状況や追加変更の有無など、収益認識に必要な情報を営業や工事の担当者から随時入手できるようにしておくことが求められます。日頃からコミュニケーションを密にし、部門間の垣根を越えて協力し合える関係を築いておくことが大切でしょう。
まとめ
新収益認識基準は、建設業に大きな影響を及ぼします。工事進行基準から原価回収基準への変更や、複数の履行義務がある契約の収益配分など、従来とは異なる会計処理が求められます。また、工事契約に含まれる資材販売の扱いや、追加工事・設計変更時の収益認識にも注意が必要です。各社は、自社の取引実態を正しく把握し、基準に沿った適切な処理を行うことが肝要です。円滑な移行のためには、社内体制の構築から会計システムの見直し、契約内容の精査、経理担当者の教育まで、早期の準備が欠かせません。新基準の理解を深め、着実な対応を進めていくことが、建設業者に強く求められています。